| 1.玉田山古墳群 |
▼玉田山1号墳出土品 |
| 玉田山古墳群は、自然田の玉田山の西斜面にあり、山麓の玉田山1号墳・山腹の2号墳ともに横穴式石室を持つ古墳である。横穴式石室古墳では数回の埋葬が行なわれることが一般的である。発掘調査が行なわれた玉田山1号墳も少なくとも2回の埋葬に使用されたことが分かっている。副葬品(死者への供物)中には、金や銀の耳環が何組かある他、ガラス玉、琥珀球などがあり、葬られたものの人物像を偲ぶ手掛かりとなっている。調査のときには石室の天井石なども既に失われていたが、現在では整備され、大阪府の史跡に指定されている。
|
 |
|
| 2.指出森神社 |
▲上に戻る |
もとは貝掛神社と称し、応神天皇を祭る八幡宮であったが、天授年間(1375年ごろ)に火災にあい、祭神を波太神社に移し、その跡地に小社を建てたと伝えられている。
現在、指出森神社には、昔の面影を偲ばせる趣ある風情が残っており、社近くの「鎮守の森」も、ひそっりとしたたたずまいを見せている。
|
 |
|
| 3.箱作共同墓地・地蔵石仏
|
▲上に戻る |
| 市内には、和泉砂岩で作った墓石を始めとする石造物が数多く残っている。中でも、箱作共同墓地にある地蔵石仏は、市内最古のもので、高さ43cm。小さいながらも浮彫りが厚く、しっかりした石仏で、長年の雨風に耐え続け、今に形を残している。
|
 |
|
| 4.加茂神社 |
▲上に戻る |
| 下荘地区は、古代末から中世にかけて京都の上賀茂神社の荘園だった。本社は、その当時(社伝では813年=弘仁4年)に創建されたものと考えられる。京都上賀茂神社を模して創建された檜皮ぶきの本殿は、安土桃山時代の建築で大阪府指定文化財。
|
 |
|
| 5.平野寺(長楽寺)・鬼瓦 |
▲上に戻る |
| 平野寺は、平安時代後期から室町時代まで存在したとされている寺院で、七堂伽藍を備えた大寺院であったとの伝承が残る。付近で行なわれた工事中に、当時の建物の軒先を飾っていた瓦などが出土した。
|
 |
|
| 6.山中関所跡 |
▲上に戻る |
| 南北朝時代の古文書によると山中の地に関所があったことが分かる。この当時の関所は、通行する人馬や荷物から通行税を徴収していた。山中の地は熊野街道の要所で、関所を設けるのにふさわしい場所であったようである。熊野への参詣者が増加していたこのころは、かなりの税収入が得られていたと思われる。
|
 |
|
| 7.道祖神(塞の神) |
▲上に戻る |
| 山中渓集落の南入口に平石を屋根にした道祖神が祭られている。これは、街道を往来する人々の安全祈願と、集落(村)内に他所から病気や災いが入ってこないように願って建てられたものと考えられる。
|
 |
|
| 8.西本願尾崎別院 |
▲上に戻る |
| 瀧谷山と号し、浄土真宗で、本尊は阿弥陀如来。尾崎御坊とも呼ばれ、市民に親しまれている。慶長3年(1598年)に領主桑山正勝の家臣・石田次郎佐衛門が増改築して現在のような大きな寺になった。前身は、善徳寺という小さなお堂だったといわれる。
|
 |
|
| ▲上に戻る |